デブを愛することが、デブを変えること。

神は一般人よりも、デブに苦行を与えているのだから。

 

 

 

はじめまして。今回の特集は、デブなことをマイナスに考える必要はない!実は、明るく、前向きに生きることこそ、デブの使命なのだということを紹介する記事です。

 

 

デブは、悪いばかりではありません。デブがいるから、この世界が成り立っていると言っても過言ではありません。それをいまから紹介します。

 

デブって生きてちゃ、ダメですか?

 

天はデブに二物以上を与えた。

素晴らしい生命体。

 

 

デブって生きてちゃ、ダメという法律がありますかと聞くと、決まって、デブでない奴やちょいデブは、間接的にあると言ってきます。むしろ、生きていることがいけないと言ってきます。

 

 

人を否定するくらい「デブ」であることが罪だという主張は、言いかえれば、デブをターゲットにしたハラスメントです。

 

 

誰も好きでで、デブになったわけではありません。私も19歳までは、デブではなかった。むしろ、デブと、真逆の位置にいた。好きこのんで、デブになった人は、いない。

 

 

「デブ化」が進むと、突然、人生の歯車が、地獄に向けて進む。私の場合、20歳の時点で、「デブ」をいじられはじめた。きっと、学生時代に「デブ」であれば、相当悲惨な学生生活を送っていたに違いない。ひょっとすると、小中学校で、「デブ」が、転校していたのは、察するべき事情が起きていたのかも知れない。

 

 

でも、そんな悲惨な人生でも、私には、デブ友達もいました。デブでない優しい先輩も、何より好きな人もいましたから、デブが悪いイメージは、そこまで強くありませんでした。むしろ、デブである自分を肯定して、「ちょっと食べ過ぎちゃった、気づいたら、お腹が大きくなっちゃったデブ」になっていたんです。

 

 

私は「アニメや映画などに関係したものを販売している仕事」をしていました。そこで、「デブにも、2つの種類がいる」とわかったのです。

 

 

店員に細かいことで文句を言うデブ、話をしても喋らない態度の悪いデブ、まぁあ、いうなら、めんどくさいデブ、こいつらは、デブである自分が嫌いなデブだと分類した。

 

 

逆に、きちんと話すデブ、「ありがとう」が言えるデブは、デブのじぶんを否定せず、受け入れているデブだと分類できた。そうすると、彼女と一緒にお店にきているのは、圧倒的!100対0くらいで、デブの自分を受け入れているデブだった。

 

 

つまり、デブであることは、人生において、ちょっとだけデメリットはあるが、モテるために、たいした問題ではないということだ。デブがモテない、恋愛ができないのであれば、私が見てきたものは、全て妄想になってしまうが、給与は振り込まれていたので、現実だった。

 

 

デブで人生を楽しむコツ


デブには2種類のデブがいることを知る

明るい、自己肯定デブがモテる

 

 

デブになったのは、あなた以外の協力があったから!

 

 

モテないのは、お前のせいじゃない。

モテない環境をつくった周りが悪い!

 

 

 

 

デブが楽しく生きているか、つまらなく生きているかの差は、先の通り、明るいか暗いかの差。ただ、これだけだ。

 

 

では、明るいデブと暗いデブの差は、どこで生まれるのか?

 

 

明るいデブと暗いデブの差、それは、2つの原因で生じるもの。1つめは、家族。2つめは、学校にいく思春期です。

 

 

1つめの家族は、「太るしかない環境」が原因だということです。家族とは、一生の内で、多くの時間を共に過ごします。幼いときなら、1日の半分以上は、お父さん、お母さんと一緒ですよね。

 

 

そうなると、一緒になるのが、食生活です。仮に、「家族がみんな同じ物を食べている」という事を想定してみましょう。

 

 

朝は、吉野家で牛丼を食べる。昼は、マクドナルドでビッグマック、夜は、ハンバーグをペロリ。この食生活を毎日すると、どうなるのか?当然、肥満になってしまいます。

 

 

親の食生活は、子どもの食生活にも影響します。親が食べているから、子どもも同じように食べるし、それが「普通」だと思ってしまいます。

 

 

幼少期に、この太る環境が出来上がってしまっているので、自分でも、どうすることもできないのです。そして、その当たり前のことが、小学校、中学校で、同級生から「デブ」の烙印をおされるのです。

 

 

そして、もう1つ、我々には、どうしようもないことがあります。それは、「遺伝子」です。

 

 

家族ですから、顔や体型が似ているのはわかりますよね。それらを決めているのは、私たちの中に存在している「遺伝子」といわれています。

 

 

「遺伝子」で決まるのは、顔つきだけではありません。当然、「太りやすい体質」なのかも「遺伝子」が決めていると言われています。

 

 

さらに、こうした家族の親に多いのは、妙に「ゆるい親」だということ。いわゆる、ダメな親パターン。

 

 

小さい頃から、デブだった子どもの親は、妙に「じぶんの子どもに甘かった」、そんな記憶あるでしょ?小さい時にどういった家庭環境で育てられたか、どういった物を食べて育ってきたか、という事が、人の人生を大きく左右します。この行為は、子どもにとって、最大の不幸です。

 

 

2つめの理由が、思春期。これこそ、明るい、暗いをわける1番のポイントです。

 

 

1つめの理由で、太っていると、間違いなく2つめは当てはまります。まず、小学校低学年は、カラダの大きい子を、デブというイメージをつけます。

 

 

そのときは、デブ=悪いのイメージはないでしょうが、年齢が上がるにつれて、デブ=悪いイメージがつくのです。そうなると、もうあなたの中には、デブ=ダメな人間のイメージが、自他ともに確定するのです。

 

 

デブが悪いわけでは、ありません。デブの周りがいけない「太っていること」は、思春期に入って一気に自己肯定感を下げる要因になります。いろいろ言われますから。

 

 

このときに味方がどこにもいないんじゃ、変なものこじらせますよね。自分を愛せないから。これは愛着の問題ですから、痩せたってこじれたままです。学校で愛されなくても、他に居場所があれば大丈夫です。

 

 

このような「デブ思春期」を過ごした人はまず「デブの」自分を愛する練習をしましょう。何をするにしても、自分を否定する材料になってしまいます。それでは、孤独感は増すばかり。

 

 

 

明るいデブになるためには!

 

 

明るいデブになるためには、何が必要でしょうか?それは、デブが、過去を気にせず、デブのままでいいということを自分自身で思うことです。

 

 

私のようなデブが、何故、幼少期からのデブと比べて、モテて、生活せきているのか?それは、デブである自分を愛しているからです。

 

 

「デブでいけない理由は?」ありませんよね?痩せても、痩せなくても、モテますから。

 

 

でも、世間一般はそうではありません。デブは悪いものというイメージしかありません。「デブだから」という人は、そこしか欠点として言えないから、それしか言わないのです。

 

 

「デブが悪いものではない」と世間のイメージができていれば、「デブ以外の欠点」はなくなります。もっと、自分の価値を信じて、堂々としましょう。そうすると、前向きに明るく生活できます。

 

 

では、どうやったら、明るく生活できるのか?それを紹介しましょう。

 

 

まず、自分のことを好きになること。好きになると言っても、すでに「デブ=ダメ」のイメージがあなたの頭の中にありますから難しいでしょう。

 

 

そこで、デブがどれだけ世の中の役に立っているのかをまとめてみました。

 

 

デブは世の中の役にたっている!

 

 

デブがどれだけ、この世界に必要とされているのかを考えましょう。

 

≪マクドナルドを大きくしたデブ≫

まず、だれでも一度は食べたことがあるであろう「マクドナルド」。マクドナルドは、ハンバーガーを主軸にした商品展開をしている。最近では、デブに優しいメニューも考案されているようだが、デブの人口を増やしたのは、マクドナルドさんと言っても過言ではない。

 

 

マクドナルドさんの主力商品は、「ビックマック」!この主力製品「ビックマック」は、国際購買力平均価格の指標として用いるビックマック指標が提唱されるほど、マクドナルドはよく知られている。それだけ、ビックマックを大きくしたのは、いうまでもなく、ビックマックを食べて育った我々デブだということを忘れてほしくない

 

 

世界中に多くマクドナルドは、存在している。もし、我々デブが、ハンバーガー1個しか頼まなければ、店舗は増えずに、働く場所はない。労働する環境、そして、従業員の賃金を増やす努力をしているのは、安いハンバーガーを頼む客でなく、ビックマックやテリヤキバーガーを複数個食べる、我々、デブのおかげなのだ。

 

 

≪「健康市場」はデブから生まれた≫

 

江戸時代、1日3食食べていたのは、かなり上級の大名だ。一般の平民は、3食の食事は考えらない時代。しかし、いまは、3食しっかり食べれる時代になった。

 

 

3食しっかり、「おいしいもの」を食べるから、太るようになった。実は、太ることは、悪いことではありません。ただ、カラダにエネルギーを蓄えているだけ。寒さに耐え忍ぶアザラシと同じ。

 

 

3食食べるようになり、デブが増えてきて、これに目をつけてきたのが、「痩せる」「長生き」と言った企業、いまでいう「サプリメント販売会社」。

 

 

サプリメントは、足りない栄養を補うためのもの。しかし、いまの日本では、「痩せるため」に使うことがメインになっている。私も、いくつかサプリメントをためしてみた。有名どころのカメヤマ酵母やスルスルこうそなどは、実際に試してみた経験があります。

 

 

実際に、痩せたかどうかでいうと、体重は減った。運動もせず、大きな食事制限もしていないが、痩せる。ここまで、サプリメントブームを大きくさせたのは、我々デブがいたからこそ。

 

 

デブで悩む人間がいなければ、「痩せる」ようなサプリメントは販売しても売れない。しかし、現実には、サプリメントを販売している企業は数多くある。サプリメントは日々進化しつづける。より良いものをつくろうと努力する。

 

 

それは、我々、デブのためだ。カメヤマ酵母は、嫁が飲んでいる(嫁は、デブでないww)私は、スルスルこうそを飲んでいるが、結果どちらも痩せている。「痩せる」ために、努力する企業を私たちデブが、しっかりと結果を出して彼らを喜ばせること。それは、いま、デブに求められていること。

 

 

≪「デブだから」は差別用語に等しい≫

スタバのバリスタに、「デブ」と書かれて問題になった事件をご存知でしょうか?

 

 

海外のスタバで起きた事件ですが、この日本で報道されるほど、大きなニュースとして取り上げられました。

 

 

この事件の被害にあったのは、なんと当時11歳の女の子です。両親も怒り、結果、スタバ側の謝罪という形で決着しているとのこと。

 

 

今回は、デブだということで書いたのではないとのことでしたが、実際、デブを嘲笑した事件だった言えます。デブというのは、差別用語に等しい言葉です。

 

 

この言葉を投げかける人間が、どれだけレベルの低い人間かお分かりいただけると思います。そもそも、デブとは、体型のことです。

 

 

人間、違って当たり前です。もっとデブに自信を持ちましょう。

 

≪デブがいたから、他の人間が元気でいきている≫

いまのご時世、ストレスは誰にでもある。そんな中、デブは、人の2倍以上のストレスを感じている。仕事、交友関係は、当然で、それ以上に、「デブだから」とデブでない人間のストレス解消の役目をしているからだです。

 

 

「デブだから」と言って、勝手に使えない奴、一緒にいても面白くない奴だと思って、我々デブを口撃してくる奴が、たくさんいます。我々デブは、それを我慢しているわけです。

 

 

しかし、きつくても仕方がない。デブの我々は、カラダも大きいが、それ以上に、何を言われても表に出さない、我慢する心を持っている。ひょっとしたら、我々がいなければ、同じ職場の誰かが、つらい思いをしていたかもしれない。

 

 

デブは見えないところで、世の中の役にたっているのだ。

 

 

デブを不安視しているデブへ

 

自分を肯定しなさい。

さすれば、勝手に成功する。

 

 

今回の一番いいたいことは、明るいデブと暗いデブの違いをしっかりと知って、明るいデブになろうという話。

 

 

明るいデブは自己肯定できている。暗いデブは自己肯定できていない。つまり、自己肯定できている人(なおかつデブ)と、自己肯定できていない人(なおかつデブ)ということです。

 

 

私は明るいデブを装う暗いデブを知っている。「私は痩せたいと本気で思っているのか」。

 

 

「私は、現状の自分を肯定し、ありのままの、いまの私を受け入れる。」感情、「ダイエットをして、カラダがスリムになって、モテやすくなり、健康的になる」理屈、どちらも正解だと思ってしまう。

 

 

そこで、出した結論が、自分を肯定するために、自分を甘やかし、食べ物を口に押し込んでしまう。自分を甘やかす方法が、食事だから、デブはデブのままで、ダイエットなどのカラダを変えることができない自分をダメだと思い込んでしまう。

 

 

まず、そんな難しい感情や理屈の話は辞めよう。最初にデブがモテるためにすることは、ありのままの、いまの自分を受け入れて欲しい。

 

 

そこから、ようやく、次のステップにいけるのだから。

 

 

著者:ひろし

 

 

 

 

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